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発達障害「多様性の受容」では終わらない〜障害理解のその先へ〜

更新日 2022.9.15 発達障害とは

アン・サリヴァンはヘレン・ケラーの特性に合わせて根気強い教育をした。(ペイレスイメージズ/アフロ)

「発達障害」広がる理解?

 オリンピック・パラリンピックで、障害理解を促進するムーブメントが盛り上がりを見せました。東京都オリンピック・パラリンピック準備局は、2020年に向けた東京都の取り組みとして、「オリンピック・パラリンピック教育を通じた人材育成と、多様性を尊重する共生社会づくり」をテーマの一つに掲げ、「教育を通じた障害者への理解促進」を明記し、話題を呼びました。

 一口に「障害」と言っても様々なものがありますが、その中の一つである「発達障害」は最近よく耳にするのではないでしょうか。NHKでは、発達障害プロジェクトが企画され、子供向けから大人向けまで、今月は実に多くの発達障害特集が放送されているので、目にされた方も多いのではないでしょうか。「NHKが本気を出すとすごい」と業界ではかなり話題です。

NHK発達障害特集「発達障害って何だろう?」

https://www.nhk.or.jp/kenko/special/hattatsu/sp_1.html

「発達障害」という言葉は聞いたことがあるけれど、実際どういう特徴があるのか、どう接すれば良いのか分からない、というのが多くの方の感覚でしょうから、このような啓発のムーブメントはとても意義深いです。

特集のトップページに掲載されている「発達障害って何?」の項目では、イラスト付きでとても分かりやすく、簡潔に障害の特徴が説明されていますので、是非見てみてください。

それでも分かりにくい「発達障害」

 特集の中でも紹介されていましたが、子育て中の保護者で、「我が子を発達障害ではないかと疑ったことがある」人は実に29%にものぼるそうです。明確な診断には至っていない「グレーゾーン」と言われる子たちを含めても、実際には発達障害の発症率は7〜10%程度ですから、実際の発症率の3倍もの保護者がその可能性を疑っていることになります。それだけ「発達障害」という言葉が広く知られてきたといえる一方で、「発達障害」という言葉が一人歩きして、その実際が捉えにくいために、何でも発達障害に当てはめられてしまうという現状もあるようです。

 NHKの粋を集めた素晴らしい企画を、広く一般の人たちが見て、それでも最後にこんな疑問が湧くのではないでしょうか。

「で、どういう人たちなの?」

「で、どう接すればいいの?」

これは、実際本当に難しい問題です。状態像が多様すぎるのです。

確実なのは「存在する」ということ

 ただ、確実に言えることは、端から見て気付きにくいけれど、「普通」しか知らないと想像もつかないような困り感を抱えている子や、想像もつかない大変な根気や労力を必要とする育児に向き合っている人たちが一定数いるということです。

 ですから、社会の側に求められる「理解」というのは、そういう想像力を持って色んな子供達や保護者を見守る姿勢と、そういう親子が近くにいたら、「大丈夫だよ」とかいう気休めでも「かわいそう」という同情でもなく、深いリスペクトを持って関わることではないかと思います。

 筆者は、これまで沢山の障害があるお子さんとそのご家族に会ってきましたが、実感として、そういう親子は決して「かわいそう」ではありません。ただ、とてもとても「大変」であることは事実です。今の世の中では、まだまだ障害への理解も寛容さも足りない中で、向き合うことには大変な葛藤があります(これは、ご家族自身の意識も含め、社会の側が変わるべきところだと思います)。それに加え、情報過多な一方で、具体的かつ有効な支援の情報は、医療機関や相談機関などを含めても非常にばらつきがあり、運や保護者自身の情報収集能力に左右される面も大きい。「具体的な支援」の中には、保護者自身が新しいことを学んだり、一般的な子育てにプラスアルファで手間をかけなければならないことも非常に多いのです。

 筆者自身は、現在のところ障害当事者ではなく、障害がある子を育てているわけでもありません。それなのに、人生をかけて発達障害がある人の支援をするのはなぜですか?と聞かれることが時々あります。私の答えは、「葛藤を抱えながらもこの大変さに向き合い、努力をして成長していく親子に深いリスペクトを抱き、感銘を受けたから」です。人一人の人生を変えるほど、発達障害と向き合う親子は偉大です。そんなことは望んでいない、普通でよかったのに、と思うご家族もいるかもしれませんが、偉大であることは確かなのです。

 こういう背景を踏まえて、障害のある人もない人も互いに尊重し支え合うことで、みんながオープンに社会参加できる世の中になれば、障害が障害でなくなるケースも増えるかもしれません。これは、「ダイバーシティ」「多様性の受容」あるいは「心のバリアフリー」などとしても語られることが多く、世間で注目を集めているとても素晴らしい考え方です。社会の側には、本当にこれが求められます。

支援現場での「多様性の受容」「障害は個性」におぼえる違和感

 一方で、もう少し近くで、密に障害がある当事者と関わる立場の人がいます。厳密には、それも「社会」に含まれるのですが、「療育支援」という文脈で関わる立場です。

 発達障害がある子どもたちへの専門的な支援の現場で、「障害を個性と捉えてのびのび育てましょう」という側面ばかりが強調されると、あまりに支援が大雑把になるリスクがあり、これにはいつも違和感をおぼえます。

 発達障害とは異なりますが、分かりやすい例として、ヘレン・ケラーと、その家庭教師のアン・サリヴァンの話は有名でしょう。「目が見えない」「耳が聴こえない」「話せない」という三重苦を抱えるヘレン・ケラーは、サリヴァンの根気強い教育によって、指文字を覚え、物に名前があることを覚え、口の中を触って動きを覚えることで言葉を話すことさえ身につけていきます。二人の感動的な姿を描いた戯曲「奇跡の人」は世界中で上演されています。

 ヘレン・ケラーとは異なりますが、「視力に問題はないが、見ることが苦手」「聴力に問題はないが、聴くことが苦手」「呼吸器や口腔に問題はないが、話すことが苦手」な子供達が、発達障害がある子たちの中には大勢います。そして、その程度や特徴は実に様々なのです。

 ヘレン・ケラーは、潜在的に、指文字を覚えたり、物に名前があることを理解したり、点字を読んで深い知識を身につける力がありました。しかし、マジョリティー(「定型発達」といわれる人たち)が作り上げた子育てと教育制度の中で、その障害を「多様性」「個性」と捉えて理解されただけでは、そのような素晴らしい力を発揮するのは難しかったのではないでしょうか。

 家族や教師、療育を担当する人を含め、発達障害がある子供達と密に関わり、発達支援や教育を行う立場の人に本当に求められるのは、緻密な発達状況の見立てと、その子が本来持っている力を発揮するために必要なことを学べる専門的でパーソナライズされた具体的な支援なのです。

支援現場の抱える課題

 とても言いにくいことですが、この専門的で個々の発達に特化した療育支援は、全国でもなかなか受けることができません。それは、この領域がまだまだ研究途上で、研究的に有効な支援が行政のトップダウンで現場に浸透するほど確立されていないこと、個々に対しての支援が必要でも、通所施設などはスタッフの配置や施設のキャパシティの問題で、集団療育をメインとせざるを得ない(集団療育にはもちろん良さがあるが、個人の発達を緻密に促進する効果は薄い)こと、現場の研修制度が整っていないため、実践は一人一人の支援者の経験や勘に基づいて行われるケースが多いことなど、様々な理由があります。

 ヘレン・ケラーを「奇跡の人」たらしめたサリヴァン先生も、また「奇跡の人」であり、130年以上が経過した現在も、支援は非常に属人的と言えるのかもしれません。

障害理解のその先へ

 と、現状を悲観するのは簡単ですが、毎年1万人以上の支援を必要とする子供たちが生まれてきます。

 そんな中、全国各地の既存の支援機関で、子供達一人一人の発達に即した具体的なプログラムを提供し、その成果を集結して支援者や保護者同士が学び合う動きが始まっています。

 国立研究開発法人科学技術振興機構という国の研究機関の「研究開発成果実装支援プログラム」(通称RISTEX)の研究助成を得て、全国各地の機関がネットワークを作り、研究的成果に基づきシステム化された個別支援のプログラムを地域で提供するプロジェクトが進んでいます。

 「エビデンスに基づいて保護者とともに取り組む発達障害児の早期療育モデルの実装プロジェクト」

エビデンスに基づく早期療育モデルが描く未来 Vol.2 親子の幸せを科学する地域療育の挑戦

 「発達障害」という言葉の浸透に伴い、当事者や家族の抱える困難が、親の躾や育て方のせいではないという理解は徐々に広がってきました。周囲の理解やちょっとした工夫により、生きやすくなる人は確かにいます。

 しかし、理解だけでは不十分なケースも多いのは事実です。支援の現場がより専門性を高め、一人一人の子供の特徴に合った支援が受けられ、誰もが持てる力を本当に発揮できる世の中になってほしいと願います。

専門家にすぐ聞ける。
ちょこっと聞ける。

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